利息の歴史-金利の知識-

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利息の歴史<金利の基礎知識>

目次

1300年前の利息

昔からあった”夜逃げ”

現在の利息の法律

上限金利の引き下げ

■1300年前の利息

利息の歴史を757年に施行された養老令までさかのぼると、強制的な賦課による雑税の一種に「出挙(すいこ)」というのがでてきます。

出挙は、国司や郡司が公民に『強制的に稲を貸し付ける制度』で、春に稲などを貸して秋に元利あわせて返済させるとうものでした。この利息に当たる雑税のことを「利稲(りとう)」とよんでいました。

この制度の本来の目的は、勧農や救募といった農民の生活を維持していくためのものでしたが、律令制のもとでは国家に対する一種の税のようなものになり、利稲は国家の重要な財源となっていました。

出挙には国司が官稲を用いて行う公出挙(くすいこ)と個人が行う私出挙(しすいこ)とがありました。
その利息、一般に公出挙で五割・私出挙では一〇割という高い利息だったのです。

■昔からあった”夜逃げ”

やがて、この私出挙に苦しめられ、街金のような高利を支払えなくなった
農民達は、抵当としていた口分田(*1)を売り払い、夜逃げをする家族も
少なくなかったらしいのです。

そんな昔から、高金利の返済システムは存在したんですね~。

*1)口分田:当時は、すべての田地は公地とされ、六年ごとに戸籍にもとづいて班田、すなわち口分田(くぶんでん)の班給が行われたとされています。

■現在の利息の法律

現行の『利息制限法』は、1877年(明治10年)に交付されましたが、『出資法』という法律は制定されておらず、貸し金の金利に関しては「上限金利を日歩50銭(年率換算で182.5%)とする」とした行政指導が唯一の基準でした。

上限金利の引き下げは戦後の混乱期に始まったとされており、闇金融や違法な利殖商法が社会問題化して、それらに規制を設けるため、1954年(昭和29年)に、上限金利(年率)を「109.5%」とした
『出資法』が『利息制限法』とともに制定されました。

■上限金利の引き下げ

「サラ金問題」が悪化の一途をたどる中、「サラ金対策」として上限金利の見直しが行われ、
1983年『出資法改正法案』が成立。数回にわたる上限金利の見直しの結果、2000年6月、
現在の上限金利である【29.2%】に引き下げされました。

現行の出資法はどのようになっているのでしょう?